ねこがいません

えらいことです。
二日前に仕事で家を空ける時に、名残惜しそうに一生けん命に自転車の私を追いかけてきたのを振り切って、それ以来顔見てないということになります。
本当にパニックになりそうにえらいことなのですが、あいにく不徳の私には、この心理を聴いてもらえる人も誰も居ないし、警察に電話したら「今のところそれらしい届は出ておりませんが」と極めて冷めたご対応しかいただけないので、居ても立ってもいられずブログに。
我ながら迂闊だなと思ったのは……あの子、みゃーは、なんか、やたら行儀が良いんですよね……ご飯のカリカリは、牛乳パックを正しく指示通り開けて消費しようと努力するが如く、容器にカリカリを注いでくれる人間がいなければ、カリカリのパックを自分で横倒しにして入口近くだけの紙をかじって、最小限のカリカリを補充するような食べ方をする子で……
昨日、姿は見えなかったけど、先手を打ってカリカリを容器に補充しておいたら、容器が倒されるに至らない程度までカリカリが減っていたので、ああ、いるなと思ってカリカリを補充しておいて、酷暑の本日の夕方……
ご飯を順調に食べる音に、やれやれ、どこ行ってたのか?と思って、エサ入れを見たら、そこにいたのは全く知らないクロネコ。若いクロネコ、たぶんメスっぽいかな??メスは勘ですが当たっていると思います。私は初めて見ました。
我が家は構造としてネコの出入りは自由となっております。またカリカリは食べ切ることなく、いつも空になったら補充というスタイルで運用されているため、地域猫が利用しようと思えば利用できる餌場になっているのですが、何処かで書いたのですが、どうしようかと思ったら「ここは私の場所!誰も入ってこないで!」と、みゃーが自分で解決してしまって、以来、みゃー以外の猫が、あの容器から食べているなんて見たことなく、心臓が早鳴りするするほど驚きました。
……ということは、みゃーは、我が家にいません。防衛ラインも何も知らないネコに「縄張り」に入って来てご飯食べられるんだもの。たぶん2日間ほど。
ようやく事態の深刻さに気が付いた飼い主(私)は、とりあえず1回だけ近所を回りました。面白いというか1年と1週ほど前に亡くなった「ムク」も、みゃーも、野生の気品に満ち満ちていて「いないな」と思っても、どこからともなく、すぐに姿を現して撫でられるポジションまで戻って来て少し触らせるのです。
そのかわり野生の気品は必要以上の触らせはしないというか……先代の「しまねこ」はその点はいかにも昔からの飼い猫然としていて、あるいみ野暮ったいといえるくらい人に触られるのにも抵抗を見せませんでした。
とりわけみゃーは、首輪を付けさせてもらおうなんてした時には「なんだこれは?!外さなければ私は死ぬー!!」としか見えない猛抗議を延々と続け、マイクロチップもなんとなく諦めてしまったのですが、ともかく、「いない」となれば「いない」のです。みゃーも、ムクも。
ムクが1周年で世俗に戻って来ても一周年祭とかなーんにもやtってなくて、誰も特に相手にしてくれないと思って、むくれてみゃーを連れてちょっと遊びに行ったのでしょうか??
まあ、もうちょっと探して、いなければ「何か」事情があっていないのです。ムクの時もすぐにわかりました。これは何かあって戻れない事態だと。みゃーは、今、まさにその事態の最中にあります。
そこで話は戻ります。私にしては、警察に届出をするまでに、けっこう遠くまで見て回りました。けど、事故に遭ったり、干乾びて動けなくなっているネコなどどこにもいませんでしたから、だれか人の手のもとにいるのでしょう。
思い返せば、厳冬期に、全く同じようにみゃーを探し回ったことがあります。あの時は1日?2日?……3日だったかもしれません突然戻ってきました。後ろ足を少し引き摺って、引っ張られたのを振りほどいて逃げてきたような雰囲気がありました。
そりゃそうでしょう……あの時は本当に厳冬期で、真夜中の零下の氷の中を人の保護なく生きれるとは思わない。ハチ割れの毛並みも性格も一見いいので(何度も言いますが超野生のくせに)飼おうと引き留めた方がいたのだと思います。
でも……いや、夏ですよ??………そりゃ、あまりに暑いアスファルトの上にでもゴロンと横になったりしていますから、知らない人が見たら干乾びてるんだと勘違いされても、逆にあの余裕、仕方なかったか……!!と私自身の「夏に持って帰られてしまうリスク」を考えなかった甘さに愕然としておりますが……
せっかく上等の鰹節でも食べさせてやろうかと思っていたのですが、それどころではなくなりました。明日は黒川伊保子先生が来犬されるので、その運転も少しやりますのでバタバタだし、そもそも体調最悪みたいな状態ではありますが……なるようになるでしょう。
人と人もですが、犬と人も、ネコと人も、あるいはそれ以外の数多の組み合わせ……「今生のご縁」というのは、極めて強力な側面があると私は思います。家の中にだけいるのを圧倒的に嫌ったみゃーも、森の子として全く共通していたムクも、それを許す(生来の性質を諦めて受け容れる)稀有な私を飼い主にして、少なくともその点(自由さでは)それなりに楽しい生を歩みました。
生来の性質が前面に出た「らしさ」全開との彼女らとの出会いは、私の人生も、この上なく幸せな楽しいものにしてくれました。死後にいっぱい泣くことにはなりますが、それまでいっぱいの笑いをくれました。「人生(犬生、猫生)を全うする」ということは、たぶん、それでいいのではないかと私は思います。
そんなこと言って、実際に、もしみゃーが帰ってこなかったら……私は半分気が狂っているくらいに嘆き悲しんでいるとは思いますが、さてどうなるか。また、続きはわかり次第ご報告いたしますm(__)m
【追記公開翌朝】
昨日までと同様に灼熱の太陽が朝から照り付け、セミがよく鳴く朝は当地は「燃えるゴミの日」でして、ゴミ持ってうろうろするついでに周囲を名前を読んで探し回ったのですが、姿見当たらず……
「……いや、やっぱりまあ、誰か人間の手によって何処かの建物内に閉じ込められていないと、自力で帰れないなんてないし、人間の手によって閉じ込めてられているとすれば、ちょっとやそっとでは帰らないな……」
……と覚悟はしていたので、その後の朝の仕事のルーチンをしていたら
「みゃー」
かすかにあの子の声が、屋外で鳴っているような……ゴミ出しから1時間弱くらい経ってました。
空耳か??……と思ったが走っていって玄関(普段は開けっ放し)を開けると、玄関内から視認できる程度に離れた場所から全く急ぐ様子もなくゆっくりと歩いて家の中まで入って来て、二つある餌場のうち奥の餌場まで他には目もくれず歩いてきて
「みゃー(もぐもぐ)……みゃー(もぐもぐ)……(もぐもぐ)みゃー……みゃー(もぐもぐ)…………」
(訳)「まったく……気が利かない……私が帰ってきたらこのご飯を出すくらい、顔見るまでもないでしょう……」
特別鰹節の存在なんて知らないのですが、人間が晩ご飯食べている時に出されるロイヤルカナンの存在は知ってますから、山盛りのカリカリには見向きもせず、その「贅沢エサ専用餌場」に行っては「入れなさい」と催促して、けっこう長い時間むしゃむしゃ食べ続けていました。
………拉致された御宅で、それなりのご飯をもらっていたんじゃなかったのか??(笑)