超簡単薪ストーブ調理

当社で販売している薪ストーブで、どんな冬の暮らしが待っているかを紹介しているブログです。  興味を持って頂けましたらぜひお問い合わせ下さい

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本当に大事なことは見えにくい部分にある

 心動かされたり、感動したりということが当ブログの題材ですが、更新の極めて少なかった2025年が淡々とした1年だったかというと、そういうことは全くなく、ただ、いわゆる艱難辛苦的なことが非常に多い年でした。厄年とか全然気にしない性質でしたが、何度「厄年って……今年のようなことをいうのかなorz」と思ったかわかりません。

 私だけでなく日本社会自体も非常に大変な状況となりました。もともと2021年以降は非常に大変な状況が続き(何もなければ死ぬこともなかった人が、ある日突然亡くなってしまう事態が日常になったという意味で戦時下だと私は思っていました)、そこに来てこの秋以降、とりわけコロナ対策として湯水のようにお金を注ぎ込んできた影響等(日本円への信頼の失墜)が顕在化し、物価高が止まる気配もありません。

 でも本質的に悪いことばかりだったか?と問いを設定して、冷静によくよく考えると、私個人にとっては、決してそうでもなかったなと。「どうしてうまくいかないのかな?どうすれば良くなるのだろう?この出来事から学べることはなんだろう?」とずっと考え続け、試行錯誤を続けて来た成果は、なんだか少しは、いや、正直に言えばかなり、あったような気がするのです。

 ただ、じゃあその成果を見えるようにアウトプットしてみよと言われると……いや、本人としても明らかなアウトプットの向上等として表してみたいですよ?……これは難しいです。

 プライベートでコツコツやっているトロンボーンも、当社比では相当向上があったのですが、そこで嬉しくなってアウトプットで表現してみようとしたところ、パッと見は去年よりも全然映えない、むしろ劣るくらいです。何しろ根本的な「息の使い方」ばかりに取り組んだ結果として「ここまではとりあえず出来たけど、ここからはこれから手を付けよう」としている「これからの課題」ばかり見事に表れてしまってますから……orz

 でも「急がば回れ」ということで、特段落ち込むこともなく「やっぱり地道な練習を粘り強く続けていくしかないね」と淡々と前を向き続けることができます。ずっと考え続けて試行錯誤を続けて、ここまで来れた方向性には間違いはなく、この延長線上を目指せば良いのだと分かっているので。ともかく練習の積み重ねが必要で、それには時間がかかるなと。

狙ったところにいかなければ「次はもうちょっとこうやって投げてみよう」とか、考えながらやらないとダメ。そうやって投げていって、フォームを固めていくんです。それでも、その日によって同じフォームで毎日は投げられない。だから「今日の球はこうだから、こうやって投げてみよう」とか、考えてやる。そうやって引き出しを増やしていけば、実戦でもいい結果がついてくるような球が投げられる。バッピ【註;バッティングピッチャー】はバッターが打ちにいくから、もっといろいろなことが分かる。そうやって何球も投げて、確かめるんです。たまたま1球投げて分かることもありますけど、大抵は何球も投げて確かめないと分からない。自分のものにするためには、投げ込まなきゃ分からないんですよ。

www.nikkansports.com 抜群の制球力で鳴らした元巨人の上原投手の弁です。見えにくい部分の重要性を説明するのに、野球のピッチャーが、どうして一生懸命に走り込みをやるのか?という問題を取り上げるのがわかりやすいといつも思っているので、そういう記事がないかと思ったら「勝利をしっかり狙いながら行う練習の積み重ねが大事」という部分にもバッチリ触れられていたので、先にそちらを引用しました。もちろん「ピッチャーにおける見えにくい部分」=「下半身と体幹の重要性」は前半で触れられています。

まずは下半身の強化でしょう。当たり前だけど、下半身が安定しなければ、絶対にコントロールは良くならない。もっと細かく言うと、軸足の力がないとダメ。文字通り「軸」なんですから。次に、というか、下半身と同じくらい重要なんですが、体幹の強さも大事。下半身と体幹は、木で例えるなら「幹」になる部分。ここを鍛えて、下半身と上半身のバランスがうまくとれるようになればいい。技術的な部分や、指先の感覚もあるでしょうが、まずは下半身と体幹を強化しないと、コントロールは良くならないでしょう。

「技術的な部分」に目が行きがちだけども「それ以前の部分」こそが大事だと。手段としての「走り込み」への解釈も続くので(最近は走り込み懐疑論も多いみたいですね)、よろしければ記事全体読んで頂くと、分野は違えども、色々参考になるかと思います。

 じゃあ、もっともっと考えていくと……実は、文章としてはどんどんつまらなくなるのですが(笑)……だって、最後は生活習慣が大事だとか、誰もが「あたりまえ」と認識しているような話になってしまうんですもの。でもしかし、地道な積み重ねが本質的に重要なら、その地道な積み重ねが可能になるような暮らしを支えてくれている「様々な要素」を大切にしなければならないというお話、ここが本当に大事なのです。

 この「様々な要素」こそ、本当に見えにくいです。だって人間ってホント愚かで、どれだけ恵まれているか?なんて、ものの見事にすぐに忘れてしまいます。最初は心動かされたり、感動したりとかもあるのですが「慣れ」って恐ろしいもので、すぐに「それがあることが当然」になってしまう。

 「様々な要素」というのは総合的に効果を発揮するかどうかは組み合わせの結果ですし、個々の要素は本質的に代替え可能でもある(要するにイザとなればなんとでもなる)ので、それほど強調すべきではないのかもしれませんが、生活者としての私のパフォーマンスを高いレベルになるよう支えてくれる代表的な要素が薪ストーブです。

 さすがに何年も薪ストーブで暮らしているので、期待通りに出来て当然のことが多すぎて、今さら感動とか全くというくらいにないのですが(だからダメなんですけどね(笑))、よくよく考えると本当に凄まじい威力を持つ道具です。「頑張るための力を何かと提供してくれる」この一言に尽きます。

 肌にやわらかく伝わり身体全体に染み渡る暖かさ、出来立てでなく電子レンジ温め直しでもガス火での調理を充分凌駕してしまう料理の美味しさ、何年経ってもジッと眺めてしまうことでいつの間にか心を整えてくれる炎の眺め……私は生来の怠け者で、本来なら何も出来ないくらいボケーっとしたトロい人間なのに、薪ストーブの恩恵を日々受けているおかげで、人並以上のパフォーマンスを発揮出来ているというアドバンテージ(?)が正直、あります(笑)

 この恩恵を最大限効率良く取り出す為の工学的なアプローチを総合的に私は知っていますので、それをお仕事にしているのですが……何しろ仕事って本質的にそういうもの、即ち自分ならではの強みを元手に他者に貢献してナンボですので……私の不徳の致すところで、こういう部分も他人からは「全然というほど見えない」だろうなと申し訳なく思います。

 何しろ、薪ストーブを例にすれば「太陽エネルギーが閉じ込められた薪から、そのエネルギーを効率よく取り出して有効に活用しつつ、煙公害などの負の面についても考慮されたシステムとして優れた薪ストーブはありますか」とか生成AIに質問する人なんて、絶対というほどいません。あたりまえです。そもそも人も、モノも、サービスも、優れた存在(システム)が持っている本質的価値なんて一般の人には容易にわかりませんから、何事も。

 私がこの記事を書こうと思い立ったのは、例えば薪ストーブなら薪ストーブの本質的な価値(生活者の超強力な助っ人)であったり、日常の暮らしを支えてくれている要素の重要性を知って欲しいということもありましたが、もっと差し迫った理由がありまして……

 

今の世界は見た目華やかで目を奪われる事象で溢れているけど、それらはたぶん、人生を充実させながら生き切るにはマイナス方向に作用する「罠」が大部分

 

つまり、普通に生きていれば、何らかのレベルで「偽物を掴まされ、騙される(自らの選択を後悔させられる)」というわけです。非常に生きにくく、恐ろしい世の中だなと。

 今さら私が言うまでもなく、スマホの生成AI動画とか最たるものですが、時間を奪われる、興味関心や心の衝動を持っていかれる、なんならついでに財産もしまいには命も奪われる……そういうモノやサービスのみならず社会システムまでも見た目華やかさ競争を競っている時代ですから。

 その中で「本当に大事なこと(優れた存在の持つ本質的価値に対する正当な認識)」に辿り着くのは容易ではありません。私が思うに、そのために有効なのは知識や技巧よりも運であり、己を知ることではないかと。運を呼び込むことこそ、人生を充実させながら生き切るには最も有効だと、私としては確信しています。

もちろん人生は勝ち負けで判断できるほど単純にできてはいない。勝ちと思ったら負けだったり、負けと思ったら勝ちだったりすることも少なくない。それでもなお勝ち負けで考えていくと、それぞれのときの自分の状況を客観的に判断できる材料が与えられることになる。それが大切なのだと思う。

 勝ちも負けもそう簡単には決まらない。どんなにお金を稼いだとしても、家族が不幸だったら、どうにもならないし、勝ちと負けは一枚の鏡の両面で、考え方ひとつで入れ替わってしまう。もちろん、勝ったときに負けたつもりでいることはむずかしいし、負けたときにはなおさらである。それでも、自分の状況をしっかりと見つめることが必要だということである。「一応、ここは勝ったけれども、これからどう振る舞うべきか」とか、「どうしたらこの負けが勝ちになるだろうか」とか、そうやって考えていかないと、いつまで経っても偶然や運をつかみとることはできないだろう。

www.kinokuniya.co.jp

 私が座右の書としている書籍の植島啓司さんによる「あとがき」の抜粋です。お読みになったことのない方には、是非、この機会に読んでみられることを心からお勧めします。過去に、こちらの記事でも少し紹介しました。

aiken-makiss.hatenablog.com

 燃料高騰は起こった記憶はありませんが、この時点で非常に危機感を覚えて、ない知恵を絞って生活防衛のための貯蓄の一定額を現金からゴールドに替えておいたのは、私にしては珍しい現時点での勝ちになりました。本来は大変な小心者の私ですが、これで多少は安心して闘うことができます。まあ、でも、この小さな勝利も結局のところただの運です。実力とか慧眼とかではありませぬ。

 冒頭の写真は、ご存じの方はご存じ、我が家の飼い猫おてんば娘の「みゃー」ですが、この子もとても運の良い子です。どのくらい運が良いか?例を挙げようとすると大変過ぎて(もはや神がかってるレベル)ブログのネタにも出来ないのですが、この子と平穏な日々を暮らせる私自身も、どれほど恵まれているか、折に触れてちゃんと思い出さなければなりませんね(笑)

 あなたさまにおかれましても、どうぞ、あたりまえの日々を支えてくれている「見えにくい存在」に、たまには思いを至らせながら、出来るだけ罠に足を引っ張られることのないよう日々を重ねて行かれますように……でも、大丈夫ですよ?こんな文章を目に留めて、最後まで読んで頂いたあなたさまは、既に、相当な運と、徳をお持ちです!!

 それでは、また。お元気で!